「生まれた瞬間からゆっくりと死んでいく」
ミスチルの某曲のフレーズのこの表現に
私が初めて触れたのは
私がまだ10代だった頃で
人生は決められたゴール(死)に向かって
じたばた足掻くプロセスなんだな、など
中2らしい事を中2らしく思った記憶

何でこんな話を今書いているのかと言うと。
昨日わたしは
社会的に、死んだ。
ミスチルの桜井さんは「ゆっくりと死んでいく」と
そう言っていたけど
昨日は結構、駆け足だった気がする…

昨日は1ヶ月ぶりくらいの休日で
朝はたーーっぷり寝て
麗かなお天気の中、犬とお散歩へ。
やさしい陽の光に照らされた
道端の鮮やかな花に触れ

喜ぶ犬に頬を緩め

ベンチに腰掛け
途中買ったサンドイッチを
もりもりと食べていたんですね。
すっかり初夏だな~
なーんて思いながら。
ふと犬を見ると、この顔

(五感で初夏を感じる男10歳)
水野
「きゃあああ~~!!犬ちゃんどちたのォォ!」
「はぁ~♡可愛いいいいねぇ♡」
「あったかくて眠たくなっちゃったのォォ?」
「あったかいねぇ、気持ち良いねぇ」
「可愛い可愛い可愛い可愛い!!!」
「はぁーんあんあんんん」
「(スマホを取り出しひたすら連写)」
犬を前にした私は語彙力0なので
家ではいつもこんな感じなんだけど
私とてね
社会性と羞恥心はあるのでね
誰にもこんな姿は見せない。
でもね
ここ最近は疲れてたのかな
ちょっと気が抜けちゃったのかな
ここは外であるという事を忘れて
声量を抑える事なくデレデレ赤ちゃん言葉で
犬をちゅっちゅちゅっちゅ撫で回したところで
気が付きました
保育園のお散歩カートに乗った幼児たち
「
」「
」「
」「
」「
」





すんごい見てた
生まれて初めて怪物を見た、みたいな顔して
すんごい水野の顔見てた
家に帰ったらお母さんに話すのかな
今日公園で怪物見たよって

大人になると
「見て見ぬふり」が上手くなる事を
あまりポジティブな意味合いとしては
感じていなかったけど
一切目を逸らさずに
「見て見ぬふり」なんて許すまいと
しっかり真っ直ぐこちらに真顔で視線を送る彼らに
水野、泣いちゃった
(心の中で)


さっ
気を取り直して
今日も一日お仕事がんばろーっと


